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榛桐会法人概要

社会福祉法人「榛桐会」概要

法人名 社会福祉法人 榛桐会(しんとうかい)
理事長 鈴木 憲一
所在地 〒370-3341 群馬県高崎市榛名山町28-30
TEL.027-374-9221 FAX.027-374-9159
交通案内
電話番号 027-374-9221
FAX番号 027-374-9159

創立者「鈴木セイ名誉会長」の歩みと業績

笑顔で入園者と接する名誉会長(1976年頃)


猫も杓子も福祉を叫ぶよき社会的背景もなく、人の支援を得ながら育くめる恩愛の土壌もなかった昭和十年、鈴木セイ先生は福祉の道を志向した。それも結核保養所を素人が三人で創設するという難事である。以来四十年間、病院経営、重症心身障害児施設(群馬県「はんな・さわらび学園」)の創設と病める人との付き合いが続いている。
「鈴木セイ先生は、当時の私たちには、夢物語りとしか考えられないようなことをいっていましてネ」看護婦と栄養士の勉学を昼夜にわたり修めていた頃の友人が語るこの回顧には、時の世相が反映していた。
街には、木炭車が煙を撒き散らしながら走行していた。生活物資の窮乏は、国防の目的に添えない結核患者の悲惨さに追い打ちをかけてきた。患者の喀血の処置や食料の確保に奔走する実践躬行の思想は社会の動向に逆らったものと考えられていただけに、その苦闘のエピソードは数限りなくあったらしい。
「しかし、よくやりましたヨ」かの友人は吉川英治文化賞の受賞をわがことのように喜んだ。福祉の仕事は国がすれば足る、我れ関せずときめ込んでいる人たちも、人の生命を実践躬行の中で守ることを使命としてきたことの人の受賞には異存がないらしい。「嫁入り前の娘のすることではない。」と強く反対した両親の墓前に報告した鈴木セイ先生は、今年六十四歳。独身を通しているが、女傑のイメージはない。作曲家服部良一氏は、セイさんを聖女といって称えた。けっしてシャレたわけではない。

※上記の随筆は、さわらびの創立当時から事務長として鈴木セイ名誉会長と共に歩んでこられた、現榛桐会理事 大橋佐帆氏が46年前、ある雑誌に依頼されて書かれた文章で、今回一部を修正されたものです。

明治45年3月30日 桐生市境野町に生まれる
昭和 3年(16歳) 旧桐生高等女学校卒業
昭和12年(25歳) 佐伯栄養学校高等科卒業
木村産婆看護婦学校看護科卒業
昭和13年(26歳) 榛名荘結核保養所の創設 常任理事に就任
昭和17年(30歳) 看護婦免許取得
昭和23年(36歳) 栄養士免許取得
昭和25年(38歳 榛名荘 財団法人として発足 常任理事に就任
昭和30年(43歳) 優良栄養士として厚生大臣賞を受賞
東京都立社会事業学校卒業
昭和31年(44歳) 社会福祉主事取得
昭和33年(46歳) 社会福祉法人新生会 理事に就任
昭和35年(48歳) 群馬県社会福祉協議会会長賞受賞
昭和37年(50歳) 財団法人榛名荘 専務理事に就任
昭和38年(51歳) 社会福祉事業及びメディカルリハビリテーション
研修の為スウェーデン・デンマーク・イギリスを視察。
重症心身障害児施設を訪れ重症児に出会う。
帰国後、国内の重症児の状況を知り、
救済の為の準備を進める。
昭和39年(52歳) 日本栄養士会 理事に就任
昭和40年(53歳) 財団法人榛桐会設立 常務理事に就任
昭和43年(56歳) 「はんな・さわらび学園」開園
昭和44年(57歳) 皇太子殿下・同妃殿下ご来園
昭和47年(60歳) 社会福祉法人榛桐会を設立
昭和51年(64歳) 吉川英治文化賞を受賞
昭和55年(68歳) 社会福祉法人榛桐会 理事長に就任
平成3年(79歳) 施設名称「はんな・さわらび療育園」に改称
平成9年(85歳) 名誉理事長に就任
平成24年(100歳) 名誉会長に就任
平成25年1月23日 ご逝去。享年100。

公開情報(PDF)

定款 貸借対照表(平成28年度) 役員及び評議員の報酬等に関する規定
現況報告書(平成29年4月1日現在) 収支計算書(平成28年度) 役員等名簿(平成29年6月22日現在)